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ブラックブック評論(20)
ナチス崩壊前夜のオランダ。レジスタンスは多様。親玉は共産主義者。平和主義テオの存在も光る。対する、ナチス側将校は与えられた優位を漫然と享受しながらも、それぞれの生き残り戦略を図る。善悪は棚上げし、それぞれがその利害や考えに沿って、ただもがく。主人公は「自由になるのが怖い」と語り、それぞれが戦後に向かってダイブしていく。復讐の連鎖が渦巻き、波高し。溺れ死ぬ者と生き残る者。
理と知でマウントポジションをとる元大将に対し、情が爆発して首を締めにかかる元大尉。欲に押し切られそうになりながらも、機転で躱してバルコニーから飛び降りる主人公。ただただ、人柄で世渡りを果たす友人ロニー。いずれも圧巻の描き方である。
さまざまな伏線が張り巡らされ、サスペンス要素、エンターテイメント要素も高い。所謂体当たり演技・演出はブラックで強烈。終盤の私刑はその手口が凄まじい。
そして中東戦争を繰り返すイスラエル。苦しみに終わりはない。
主人公は元歌手のユダヤ人女性ラヘル(カリス・ファン・ハウテン)。ユダヤ人であることを隠すためにエリスと名を変え、髪もブロンドに染める。序盤ではナチスからの逃亡やユダヤ人虐殺、そしてオランダのレジスタンス狩りの描写によりテンポよく進むのですが、冒頭で10年後の彼女の元気な姿が映し出されるので、殺されるんじゃないかという緊迫感は欠ける。それよりも周囲の人間が殺されゆく現実と、レジスタンスに加わり、ナチ将校ムンツェ(セバスチャン・コッホ)の愛人となるスパイ活動に興味が注がれるのです。
功を奏し、ドイツ軍諜報部に出入りできるようになったエリス。そこで出会ったフランケン(ワルデマー・コプス)という男は彼女の一家とユダヤ人たちを惨殺した男だった。しかもパーティ会場でフランケンの弾くピアノ伴奏に合わせてエリスが歌うという奇妙な運命のめぐり合わせ。家族を失った悲しみの演技が面に表れなかったのに、フランケンに対する憎悪の念とスパイとして楽しく歌わなければならないという自己葛藤の複雑な表情がたまらなくいいのです。
物語の核心となる部分は、レジスタンスの指示によりフランケンのオフィスにエリスが盗聴器を仕掛け、収容されているレジスタンス仲間40人を救出する計画が内通者の存在により返り討ちに遭ってしまうところです。一体誰が内通者なんだ?と疑わしき人物を推し量る。しかも巧妙な罠にはめられ、エリスが裏切り者とされてしまうのだ・・・
エロティックな場面もなぜか印象に残ってしまう。特に髪をブロンドに染めるだけじゃなく、アンダーヘアまでブロンドに染めなきゃならないシーン。これはもうさすがヴァーホーベンだと言うよりほかない。20年以上も暖めておいた企画だというのだから、数々のアイデアが他の映画に影響してしまったのでしょう。随所に他の映画を彷彿させるシーンがあったことに喜んでしまいます。クロロホルムなんてのも『インビジブル』で使われてませんでしたっけ?
棺桶の中に入り死体を装って検問を突破、インスリンとチョコレート、パーティのマイクと盗聴マイク、等々の小ネタがピリリと効いていたことも印象に残りました。そして、ドイツ軍がレジスタンスのことを“テロリスト”と呼んでいたことも興味深いし、「報復しない」とか「交渉」とか現代的なテーマも隠されていました。また、ラストシーンのイスラエル軍に象徴されるように、ユダヤ人の戦いは永遠に続いていることが悲壮感を盛り立ててくれました。
ユダヤ人の主人公(カリス・ファン・ハウテン)は家族を皆殺しにされ、レジスタンスに身を投じる。
女スパイとしてナチスの将校に近づく。
次から次へと難題が起き、観ている方もハラハラドキドキの連続となる。
主演の女優さんは大変だったでしょう。
ナチス占領下のオランダを舞台に、一人のユダヤ人女性の復讐を描く本作は、ハリウッド時代とは比べ物にならないくらい研ぎ澄まされているけれど、それでいてエンターテイメント性も失っていないのが凄い。
そして本作で描かれる正義の側に立った「彼ら」の姿は、今の日本人にとっても決して他人事じゃない。