「ソハの地下水道」などで知られるポーランドの名匠アグニエシュカ・ホランドが、ポーランドとベラルーシの国境で“人間の兵器”として扱われる難民家族の過酷な運命を、スリリングな展開と美しいモノクロ映像で描いた人間ドラマ。ベラルーシ政府がEUに混乱を引き起こす目的で大勢の難民をポーランド国境に移送する“人間兵器”の策略に翻弄される人々の姿を、難民家族、支援活動家、国境警備隊など複数の視点から映し出す。「ベラルーシを経由してポーランド国境を渡れば、安全にヨーロッパに入ることができる」という情報を信じ、幼い子どもを連れて祖国シリアを脱出した家族。やっとのことで国境の森にたどり着いたものの、武装した国境警備隊から非人道的な扱いを受けた末にベラルーシへ送り返され、さらにそこから再びポーランドへ強制移送されることに。一家は暴力と迫害に満ちた過酷な状況のなか、地獄のような日々を強いられる。キャストには実際に難民だった過去や支援活動家の経験を持つ俳優たちを起用。2023年・第80回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で審査員特別賞を受賞した。
人間の境界評論(4)
映画 #人間の境界 (2023年)鑑賞
「ベラルーシを経由してポーランド国境を渡れば安全にヨーロッパに入ることができる」という情報を信じてやってきた難民家族の運命は
ドキュメンタリーのようなリアル感に溢れる作品でした
@FansVoiceJP さん試写会ありがとうございました
今年159本目(合計1,251本目/今月(2024年4月度)33本目)。
(前の作品 「ヘレディタリー 継承」→この作品「人間の境界」→次の作品「マリウポリの20日間」)
初夏を思わせるこの時期にオンライン試写会に招いてくださったfansvoiceさまに感謝を。ありがとうございます。
さて、この映画は分野的には「映画」であるし、toho系での放映の予定のようですが、その中でも「あえてどれにいれるか」なら、実際にはドキュメンタリー形式ではないものの「ドキュメンタリー映画」ということになろうと思います。
日本では、ロシアのウクライナ侵攻にかくれてこの「ポーランドとベラルーシの国境問題」が報道されることがきわめて少なく、このことを理解するにはかなりの知識量が必要です。幸いにも「クルド人」という語からある程度「ひもといて」見ることができるのは、ひごろから外国人問題に興味関心をよせる一人の行政書士の資格持ちという「地の利」なのだろういうところです。
ドキュメンタリー映画なので「映画という映画」のストーリーがあまり存在せず、「各自で考えてね」という作りになっています。また、当該国ほかでは日本の戦中戦前のように「検閲」が残る国もあり、さすがに「これじゃ放映できない」ということでやり直しを命じられ、この映画で放映されるほどソフトに「作り変えて」放映できているというのが、この問題の根深さといったところです。
かなりの知識を要する問題ですので、説明も入れました。
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(減点0.2/見るためにかなりの知識を要する)
おそらく、高校世界史あたりでは無理で、日本で外国人問題といえば行政書士の取次がありますが、実際にポーランド・ベラルーシのこの問題を扱うわけではなく(そんな場所に事務所を構えるわけではなく)、かなりの知識を要する映画です。換言すれば「NHKなりニュースなりにいくらアンテナをはっているか」の勝負になっている部分がどうしてもあります。
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(減点なし/参考/この映画の背景)
▼ ベラルーシについて
ベラルーシは外国人(移民)受け入れが一時期盛んでした。この中には、いわゆるクルド人も含まれます。一方で、ベラルーシは「欧州最後の独裁国家」と称されるように大統領がいて、その大統領の考え方一つで次々に政策が変わっていき、「移民を利用して事実上の領土を広げよう」という考え方をもっていました。また移民(特にクルド人)も「真の自由が欲しかった」(ベラルーシは受け入れだけは盛んだったものの、国として成立するのか怪しいくらいに経済力が貧しい)事情があり、ポーランドを目指すことになります。これがこの映画の「ポーランド」の意味ですが、ポーランドを経てドイツ(ドイツは移民に対してはきわめて寛容な国として知られる)を経るという構想が一般的でした(ドイツはポーランドを国境で接しているため、ポーランド経由でないといけない)
▼ ロシアとベラルーシの関係
ロシアを西洋の国扱いとするかは難しいですが、地理上、北側に存在するロシアにとっては、ヨーロッパに近い国にロシアの「親ロ(=ロシア)国」を作っておくことはロシアにとっても好ましいことで、また独裁で知られるベラルーシはヨーロッパから経済制裁を受けてもロシアという大国から多かれ少なかれ援助が得られるという事情もあり、この2国は基本的に「仲良し」です。これが、この問題で起きた事情にロシアなどの大国が介入していない「もう一つの」理由です(もちろん、ロシア・ウクライナ戦争が勃発していた中では、ロシアはそれどころではなかった、というのも理由)。
▼ ポーランドの考え方とベラルーシの考え方
ポーランドも、真に困っている難民までも排除するという立場に立っていません。実際、ポーランドも第二次世界大戦以降、いろいろな紆余曲折を経た国だからです。しかし、ベラルーシが難民を「募って」(ここでは、クルド人等を指す)一気にポーランドに「攻め入る」(=国境を超えるような行為をする)のは、もはや領土侵犯でもあり、それには強く対抗したという事情もあります。これが映画で描かれている事情です。
一方、それなら最初に招いたベラルーシが責任を取ればよいのではということになりましょうが、決して豊かな国でもないベラルーシで、そもそも「不純な目的をもって」募って「ポーランドの国境を破ってやろう」などと考えていたわけですから、失敗したら救助しますよということにならず、映画のように「どちらの国からも見放される」という悲劇が起きてしまったのです。
日本ではクルド人問題といえは一部の地域に多く住まれており、中には過激な行為を取る方もいらっしゃいますが、それは「クルド人全体が危ない存在だ」ということを意味「しません」(このことは「クルド人」を「何人(じん)」に置き換えても成り立つ)。日本から見たときには2つの国の領土問題争いとして描かれているこの映画ですが、日本にも適法に在住している方も少なくないクルド人問題を描いた作品ということで、この点にアンテナを張っている方にはおすすめです。
当事者は勿論、観客もなぜそうなっているのか全くわからないまま、暴力的に二国間をピンポンさせられる大混乱から逃れられない苦しみが続く。
危険から逃れるために移民になったのに更に危険で不安定な場所に居続けなければならない、そして何故そうしなければならないのかが全くわからない。
なぜ?なぜ!?なぜ先に進めないの??
救いの手も届く範囲が決まっているので、助ける方も助けられる方もその範囲にいる時でないと行動すらおこせないので、運にかけるしかない。
敵のように見える国境警備隊の人たちも全員が任務に納得をしているようではなかった。どんなものでも見慣れるのかもしれないけど、どんな事でも必死に救いを求めている人を冷たくあしらうのは、人によってはやはり胸が痛むだろう。
倫理観も人によって違うのは、よかった事なのか、もうそれすら疑問に思ってしまう出来事が続く。
アフタートークでは、このピンポンにはどんな意図があるのかについて、それをみる側によって見え方が違うと教わった。
ポーランド側にしたら、彼らを兵器として使うハイブリッド攻撃であり、移民を送り込むことによって国を不安定化させているので送り返しているということらしい。
(ベラルーシ側はきちんと覚えてないので割愛)
難民は国際法的に不法に入っても送り返したら行けない国際ルールがあるらしい。
なので、ピンポン状態は非人道的、酷いことしてるという考えはあるので、国境付近は立ち入り禁止にしたとのことでした。
ラストの一幕がこの監督が一番言いたかったことが詰まっている、との話でしたが、なるほどウクライナは全面的に積極的にヘルプの手を回し、生活の補助までしているのに、ベラルーシからの移民との違いにただ疑問と胸の痛みを感じました。
今まだ世の中で起こっている事らしいので、ぜひ知って欲しいと思います。
束縛のない自由を掴むことは難しい。
モノクロのスクリーン越し受ける、国境警備隊の追手から逃げる鬼気迫る緊張感が半端なかった。